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阿佐ヶ谷ロマンティクスin阿佐ヶ谷 有坂朋恵+古谷理恵インタビュー後編

2枚目ではしっかりとバンドサウンドを聴かせたかった

 2017年発売の1stアルバム「街の色」から期間をおかず、2018年5月16日に発売された2ndアルバム「灯がともる頃には」。後編では、楽曲としての広がりを見せた2枚目のアルバムのお話を中心に、さらに阿佐ヶ谷という街でのエピソードも伺いました。

ーーその後、1枚目のアルバムから間を空けずに、2枚目のアルバム『灯がともる頃には』が発売されていますね。

古谷 去年の5月発売ですね。「P-Vine Record」から出そうと言われていて、すぐに制作に入りました。

有坂 自分たちも、間を開けずに出したいっていう気持ちがありました。

古谷 カバー曲を入れたりと、色々やったアルバムです。

ーー1枚目から引き継いだものもあれば、変化した点もあると思いますがいかがですか。

古谷 今になって振り返ると、制作に慣れて遊べるようになったのか、やりたいことをやれている感じはありますね。

有坂 そうだね。ただ今は2枚目の曲のアレンジを変えたりしてライブでやっているんですが、アルバム制作の時点でこれが出来ていればというのはあります。

ーー不完全燃焼な部分もあったのですね。

古谷 満足いく作品になっているという前提でですけどね。2枚目を作っている前後くらいでメンバーが変わったり、色々あって。

有坂 1枚目を出した後でギターが辞めて、2枚目を作っている途中でベースが変わったんです。

ーーその影響もあるのか、『灯がともる頃には』ではベースなどの低音が強調されている印象です。

古谷 それはありますね、ブリブリとした音のベース。1枚目とはミックスを意識して変えているんです。一枚目は、若者目線のポップスですっていうアルバムを作りたかったので、聴きやすさを意識したミックスになっているんですけど、2枚目ではしっかりとバンドサウンドを聴かせたいというのがありました。

ーー全体を通して、音楽性にも幅が出ていますよね。

有坂 それは貴志さんの曲作りが慣れてきた部分もあると思います。あとギターが2人いたのが、1人辞めて1本になった時に、曲作りで考えることがあったんだと思います。

古谷 色々な出会いが1枚目と2枚目の間にあったんです。私の中では、「bonobos」のキーボードで、元々は「くるり」のドラムをやっていた田中さんをP-Vine Record繋がりで紹介していただいたのが大きかったです。その方に自分のドラムを見て貰って、そこで音への考えがすごく変わりました。

ーードラムパートでいうと、アルバム2枚を通してリズムパターンが豊富ですよね。

古谷 たぶん飽きちゃうんですよね(笑)。常に何か違うことをやらなきゃなっていうのは考えています。こんな感じでいいだろうって叩いていると、周りにバレて、「なんかもっと面白いことやってくれる?」って言われたりするので、しっかり曲を聴いて、自分の中で練ってから叩くというのは意識しています。

ーー歌に関して、1枚目と2枚目で何か変わったことはありますか?

有坂 自分の中では、大人になったなっていう感じがあると思います。一枚目を作った頃は、まだ働いていなかった時期なので、社会に揉まれて、思うところが増えたっていうのはあります。

ーー人間として成長したと。

有坂 成長できているのかは分からないですけど(笑)。良い意味なのか悪い意味なのか、大人になった部分があります。同じ歌詞で歌っていても、自分の中で感じることや、表現したいことが変わっていると思います。

ーー2枚のアルバムを通して、ここを聴いて欲しいっていう曲を紹介していただけますか。

古谷 1枚目は最後の曲、「春は遠く夕焼けに」ですね。ぜひ聴いて欲しいです。

有坂 ライブでも、この曲をやらないことがないぐらい定番にしている曲で、95%ぐらいの確率で一番最後にやります。

古谷 この曲はAメロとBメロとCメロで曲調が全部違うんですけど、それが1曲になっていて面白い。

有坂 ノリもそれぞれのパートで違うんです。

古谷 リズムでいうと、Aメロはステッパーズみたいなビートを叩いてるんですけど、Bメロでレゲトンぽくなって、Cメロでポップスに変わるっていう(笑)。色々と試していく中で、みんなが「いいじゃんそれ」って言ったものを入れていったら突拍子もないものになって、それが上手くいった曲ですね。この曲を出したタイミングが、みんなが就職する直前だったっていうのもあって、バンドの中でも特別な曲です。

有坂 実はこの曲、カラオケバージョンもあるんですけど、それをみんなで歌ったのは良い思い出です。

古谷 去年の11月頃に、ほぼ身内だけしか集まらないライブをやったことがあったんです。その時は、皆でテキーラを飲んで、酔っ払った状態で演奏できるかやってみようとなったんです(笑)。

有坂 年末だったので、忘年会的な感じでしたね。

古谷 それの最後に「春は遠く夕焼けに」のカラオケバージョンを流して、みんなで楽器を放り投げて歌っているということがありました。

有坂 全員で歌いたいってなって合唱しました(笑)。

ーーカラオケバージョンを入れておいて良かったと(笑)。

有坂 使えた! このためだったんだって(笑)。歌モノなので、みんなで肉声を挟んで欲しかったというのが、個人的には強くありますね。

 

ーー2枚目からはどうでしょうか。

古谷 私は「いつもよりも」のメロディーが好きなんですよ。

有坂 この曲は2枚目の中でも一番メロディーが難しいんです。

古谷 バンドの音数が少ないので間違えるとバレる(笑)。

有坂 合わないのもバレるしね(笑)。

古谷 カバー曲の「La La Means I Love You」も思い入れが深いです。この曲はサークルの時からやっていて。

ーー「La La Means I Love You」までの曲順には、繋がりというか、流れがありますよね。

古谷 曲順の6、7、8で物語があるんですよ。「逢いに行けば」が夜、寝ている時の曲です。

有坂 その次の「回想」は雨っぽいイメージ。

古谷 「いつもよりも」は朝の曲、朝帰りの曲(笑)。で、その次に「La La Means I Love You」。

ーーそして最後の曲に。

古谷 これはもうド直球ポップで行こうって。

有坂 確かすぐに出来たよね?

古谷 すぐ出来た。

有坂 それぞれのポップスの集大成みたいな。

古谷 10曲目が一番フリースタイルだったんですよ。合わせてみて、一発目ぐらいでなかなかいい感じだなって。

配信限定シングルが12月11日に発売します

ーーちなみに2枚目が発売されて1年以上経ちますが、バンド内で変化などはありますか?

有坂 今年の夏にレコーディングをしていて、それがもうすぐ配信限定でリリースされます。シングルで一曲出るので、是非聴いてほしい。12/11リリースの予定です。

ーーサウンド的にはどういった感じのものになりそうですか?

古谷 今までの曲とは少し違った雰囲気になっていると思います。少しトレンディな曲調で。

有坂 歌謡曲のようで、ちょっと懐かしい感じ。口ずさめるようなメロディーだと思います。あと、今回リリースするシングル以外にも何曲かあって、レコーディングまで済んでます。結構明るくてポップな曲もあって、いい感じです。

古谷 そうですね。明るいけど、黒い要素もある。

有坂 第一印象はすごく明るかったんですけど、歌詞はそんなに明るくなかったりとか(笑)。

古谷 まだふんわりしたことしか言えないですが、是非聴いて欲しいですね。続報をお待ちください。

「阿佐ヶ谷TABASA」というバーでたまに働いています

ーー現在取材をしている場所が阿佐ヶ谷ということで、お二人と、この街のお話を伺いたいのですが。

古谷 私は阿佐ヶ谷に住んでいて、たまに「TABASA」というバーで働いております。お店に立つようになったきっかけは、私が「阿佐ヶ谷TABASA」っていうお店を好きになっちゃって、毎日のように通っていたら、働いちゃえばいいじゃんとなりました。

ーー阿佐ヶ谷のお店には良く行かれるんですか?

古谷 初めは阿佐ヶ谷のレコード店「オントエンリズムストア」オーナーのアツシさん繋がりで、「阿佐ヶ谷cafein」のイベントにDJで出させていただいたことがあったんです。その時に出会ったお客さんに「阿佐ヶ谷TABASA」というバーがあると教えてもらって、次の日のお昼にやっていたカレーを出すイベントに行ってみたんです。でもその日はすごい二日酔いで、お茶しか飲めなくて、お店の店長の高原さんと喋っていたんです。そうしたら「阿佐ヶ谷TABASA」で「余命百年」のやまのは君が働いてるっていう話を聞いてびっくりしました。

ーーやまのはさんとは以前から知り合いだったんですか?

古谷 やまのは君は「余命百年」というバンドのボーカルで、知り合いだったんですよ。それが初めて「阿佐ヶ谷TABASA」に行った日だったんですが、そのカレーイベントの後、半年くらいは行っていなかったんです。でもある日、阿佐ヶ谷一番街の「さつまや」っていうお店で飲んでる時に、隣の席のおじさんと仲良くなったんです。それで「俺の息子もバンドやっててね」っていう話になって、「名前はなんで言うんですか?」と聞いたら「やまのはって言うんだけど」って。その人、やまのは君のお父さんだったんですよ(笑)。その日のうちに「阿佐ヶ谷TABASA」に行って、高原さんに「やまのは君のお父さんと会ってきましたよ」って報告して、それから週3ぐらいで通うようになりました。

ーーお店にはどれくらいのペースで入っているんでしょうか。

古谷 初めは月に2日っていう話だったんですけど、先月は急遽入って欲しいというので、週1くらいのペースで立っていました。なので不定期なんですが、基本は第2、第4金曜日になっていますので、良かったら遊びにきてください。

ーー有坂さんも阿佐ヶ谷には良く来られるんですか?

有坂 そうですね。古谷先輩が阿佐ヶ谷に住み始めてからはよく来るようになりましたね。

古谷 古谷先輩って呼ばれてるんですよ(笑)

ーー今、びっくりしました。その辺は高校時代によっぽど叩き込まれたんですかね(笑)。

有坂 もう口癖みたいなものなんですよ(笑)。ニックネーム的な。

古谷 古谷先輩ちゃんみたいな感じのね(笑)。

有坂 別に呼ぼうと思えば古谷でもいいんですけど。

古谷 全然、呼んでくれない。

有坂 それで、古谷先輩が住みだしてから、最近特に阿佐ヶ谷遊びに来ていて、週末は阿佐ヶ谷に住んでると言ってもいいぐらいこの辺りをブラブラしています。

古谷 この前は「阿佐ヶ谷TABASA」でフリマをやったんですよ。その時に二人で出店したりもしました。

有坂 その時に、初めて「阿佐ヶ谷TABASA」に行ったんですよ。

古谷 そうだよね。私の家に元カレの物が結構あったんですけど、それを売りさばいて、横で有坂がアパレル時代の服とかを売りさばく。2人とも過去を清算するっていうことがありました(笑)。

ーーフリマで処分市を開いたのですね。

有坂 アパレル時代は、結構高級な服を売っていたので、それを300円とかで売りさばいたよね(笑)。

古谷 近所のおばちゃんたちが「これいいじゃん」って買ってくれて(笑)。

ーーその日の売り上げは良かったのですか?

古谷 有坂は売ってましたね。

有坂 おばちゃんにお小遣いを稼がせてもらったって感じです(笑)。その日はアパレル店員時代を思い出して接客したりとかして、楽しかったです。

ーーフリマでガチ接客をしたんですか?

有坂 してましたね。「これも合わせるといいですよー」「あ、似合います」って提案までしちゃって楽しかったです。

古谷 そのフリマをやった同じ月に、「阿佐ヶ谷TABASA」でライブもしたんですよ。

有坂 キーボードと一緒に弾き語りをしましたね。

古谷 その日、私はシェイカーをやるはずだったんですけど、忘れてしまったんです。そうしたら、高原さんが植木の土を箱に入れて渡してくれて、振ってみたらめっちゃいい音するってなって(笑)。

有坂 いい音だったね。

古谷 その日は土を振って助かりました。そんな感じで日々、阿佐ヶ谷の街を楽しんでいますね。

(取材・文=牧野文人 写真=長澤紘斗 写真撮影協力=オントエンリズムストア・古書 コンコ堂・MEAT MEAT MEET) 

牧野文人

東京都出身。出版界の片隅に生息する何でも屋。ゆるく生きるがモットーです。